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髪を通して世界探索をする、とある美容師の研究日誌 — Field Notes from a Hairdresser's Lab

FILED BY MASASHITT

現役美容師・29年目。サンフランシスコを拠点にヘアサイエンスとエフィラージュカットを探求しながらHair Caffe Labを運営。「科学と非科学、ハイクラスとストリート」—その交差点に挑み美容に留まらない知見と私見をマイペースに綴ります。/29-year hairdresser based in San Francisco. Exploring hair science and the Effilage technique while developing Hair Caffe Lab. Navigating the intersection of science and intuition, high-end and street — writing it all down at my own pace. About this lab →

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現在の場所:ホーム / HAIR WORKS NOTES / 「切ったことを見せない」美学——エフィラージュカットとフランスの流儀

「切ったことを見せない」美学——エフィラージュカットとフランスの流儀

2026-03-23 By masashitt カテゴリHAIR WORKS NOTES

HAIR WORKS NOTES |「世界のヘアカット、三つの流儀」#2


前回、サスーンのことを書いた。設計図が先にある。ペリメーターを決め、幾何学的な精度で施工し、「ウォッシュ&ウェア」で仕上げる。建築家のアプローチ。濡れた髪に最大テンションをかけて、完璧な直線を作る。

あの話の中で、こう書いた。

「同じ20世紀に、別の極がちゃんと存在していた。その極は、まず『素材』から入る。髪が何者であるかを先に読もうとする」

その別の極のことを、今日は話したい。

場所はパリ。時代は1970年代。


フランスの美容師が見ていたもの

フランスの美学は、サスーンとは出発点が根本的に違う。

英国学派が「形(アーキテクチャ)へ素材を従わせる」とするなら、フレンチ・スクールは「素材の生まれ持つ、生え方・動きへ追従する」。この一文が、すべてを説明している。

ジャン=マルク・マニアティスという人物がいた。1942年生まれ。10代のうちにすでに『ELLE』と『Marie Claire』のスタジオ・ヘアドレッサーとしてキャリアをスタートさせ、1970年にパリ16区に自身のサロンをオープンした。

彼はこう言った。

「弟子にヘアスタイリングを教えるのではない。『見ること(apprendre à regarder)』を教えるのだ」

この一言が、フランス学派の哲学の核心を突いている。先に見る。先に読む。設計図は後から決まる——あるいは、最後まで決まらない。

彼のアプローチを「トップダウン」と呼ぶ。頭部を3次元の立体オブジェクトとして捉え、頭の骨格・顔立ち・髪の密度・毛流れを直接観察しながら切り進める。画家がキャンバスに向かうように、上から下へ「屋根の瓦のように」レイヤーを重ね、ペリメーター(外周線)は最後に決定する。なんと、長さまでを最後に決定するのだ。

しかも、マニアティスはしばしば顧客を「立たせた状態」でカットした。頭部単体ではなく、全身のプロポーション・骨格・姿勢全体を把握するためだ。


エフィラージュとは何か——「見えないレイヤー」の技法

その哲学を体現する技術がある。エフィラージュ(Effilage)だ。

語源はフランス語の「effiler」——薄くする、先細りにする。英語圏ではスリザリング(slithering)あるいはスライドカットとして説明されることが多い。しかし昨今のスライドカット技術とは似て非なるものである。

やることを一行で説明するなら、こうなる。「シザーを半開きにしたまま、切るのではなく、振る。そこに髪が当たって切れる。」。それだけだ。

だがその効果は、見た目以上に深い。

ブラントカット(切りっぱなし)が「はっきりした切り口」と「重量線」を作るのに対し、エフィラージュは「見えないレイヤー」を作る。全体の長さをほとんど変えずに毛量を自然に減らし、毛先が筆の先のように細くテーパー状になる。髪の毛同士が自然に馴染み、シームレスな動きが生まれる。

仕上がりは「硬いラインのない、もともとこうでした」という状態だ。

切ったことが、見えない。

ジャン=ルイ・ダヴィッドは1970年に、このエフィラージュを段差レイヤー(dégradé)の体系的な構造と組み合わせ、「切ることで動きを作る」という現代的な発想を確立した。ジャック・デサンジュはこれをさらに昇華させ、「coiffé-décoiffé(コワフェ・デコワフェ)」という概念に結晶させた。直訳すれば「整えて、崩した」。崩れた瞬間に「生命感」が宿る設計だ。

デサンジュはこう言った。

「女性が頭を動かしたときに初めてカットに命が宿る。ゆえに、髪はその動きに追随するものでなければならない」


衝撃の話をする

ここから先は、僕の個人的な話だ。

美容師になって数年が経ったころ、初めてエフィラージュを知った。知った、というより——画面を通して目の前で見た。インターネットの普及の恩恵で、どんなに遠くの国の知らない人のヘアカットでも、見る事が出来る様になったお陰だった。

衝撃、という言葉しか出てこない。

それまで自分が学んできたカットとは、まったく別のことが起きていた。切った後に「切った形」が残らない。完成した状態に「ここが切れた」という証拠がない。なのに、髪が驚くほど軽く動く。触れていないように見えるのに、整っている。ハサミの動きは早過ぎて、髪とハサミの間でいったい何が起こっているのか…全くをもって意味不明。

正直に言えば、最初は「何がどうなっているんだ!?」としか思わなかった。技術的な理解より前に、感覚的な驚きが来た。


マニアティスの買収と、agence21の誕生

エフィラージュがどのように僕のところに届いたか、その経緯を話すために、まず一つの出来事から始めなければならない。

2009年。Provallianceというグループがマニアティスのサロンを買収した。当時マニアティスはフランス国内に4店舗、そして日本に約20店舗を展開していた。

買収に伴い、パリのマニアティスでリーダー的存在だった日本人美容師が、サロンを離れた。

その人物がKENZOだ。

KENZOはその後、クリエイティブ集団agence21(アジャンス・ヴァン・テ・アン)を設立した。そして、マニアティスの看板技法として守られていたエフィラージュカットを、サロンの外の美容師にも教育するアカデミーを立ち上げた。これは、言えば簡単であるがとんでもない事だった。世に解放されたのだ。あの魔法の様に意味不明なカットテクニックが。

設立初期には権利上の問題があり、「エフィラージュカット」という名称をそのまま使えなかった時期もあった。そのため当初は「coupe 3D(クープ・トロ・アデ)」という名称でアカデミー活動を行っていた。僕が習い始めた時も、まだクープ3Dの名前であった。現在は権利問題を乗り越え、エフィラージュの名称が解放されている。


僕の師匠たちのこと

KENZOは日本でもアカデミーを展開した。

僕はそのアカデミーの一期生として、直接agence21の幹部からカットトレーニングを受けた。

もう一人、忘れられない人物がいる。

KEIGO。マニアティスがパリから日本に出店したとき、精鋭として送り込まれたスタイリストだ。日本のマニアティスにおいて、エフィラージュカットを正確に施術できる人物は、事実上KEIGOのみであったとされる。彼からも直接、カットトレーニングを受けた。

これらのスタイリストから直接学んだことは、僕の美容師人生の中で、ターニングポイントになった。いや、そんな言葉じゃ足りない。まさに革命的な出来事となった。

なお、KENZOとKEIGO以外にも、agence21と関わりを持ち、エフィラージュの技術を受け継いだ美容師たちが日本には存在する。この技術の系譜は、二人だけではない。日本で現在進行形で、今でもエフィラージュは進化を止めていない。興味がある人は、本物が習えるチャンスがあるうちに絶対に学ぶべきだ。


エフィラージュを生きた髪で学べる場所——今、日本にある

agence21はいまも生きている。

日本ではVINGT ET UN(ヴァン・テ・アン)という名前で活動している。

  • agence21 Japan(VINGT ET UN): https://www.agence21.info/

関連サロンもいくつか紹介しておく。

まずはchardon(シャルドン)。実はVINGT ET UNと同じ建物の中だ——千代田区飯田橋1-7-3。

  • chardon: https://www.chardon21.net/

VINGT ET UNも同住所にある。

そして、もう一人触れておきたい人物がいる。

四元氏。下北沢のreal clothesのオーナーだ。彼はパリで直接KENZOからトレーニングを受けている——現在の日本において、それができる立場にある人間がどれだけいるか、想像してみてほしい。

  • real clothes(下北沢): https://www.0334662608.com/

成城にはBrut(ブリュット)というサロンもある。KEIGOのサロンだ。

  • Brut(成城): https://www.brut21.com/

これらのサロンは今、生きた技術の継承が行われている場所だ。日本にいる人は、まだエフィラージュを生きた形で学べる。しかし10年後は——正直わからない。巨匠たちが現役で技術を伝えられる時間は、有限だ。その意味を、できるだけ強く伝えておきたい。


サスーンとフランス学派——「再現性」の意味の違い

サスーンの再現性は「幾何学的な精度を毎回完全に再現する」。フランス学派の再現性は「その人の動きや重力に対して、毎日自然に戻る」。

前者は設計図の再現。後者は素材の可能性の開放——自然に落ちる場所への帰還、だ。

マニアティスはこう言った。

「もしその髪型に『名前』がついているなら、それはあなたには必要のないものだ」

名前のないカット。その人にしか存在しない、唯一のかたち。なぜなら、素材としての貴方は、この世に一つしかないのだから…。


次回予告

サスーンがロンドンで幾何学革命を起こし、マニアティスとデサンジュがパリで動きの美学を深めていた頃、大西洋の向こう側——ニューヨークでも、一人の美容師がドライカットの思想を独自に育てていた。

ジョン・サハグ。パリとニューヨークを往来しながら独自の技法を磨き、マディソンアベニューに伝説のワークショップを構えた人物。

その技術が、のちに一人の日本人美容師によって日本に伝えられ、サンフランシスコで——パリとニューヨークという二つの流儀が、同じサロンの中で交差する日を迎える。

それが、このシリーズ最後の話だ。


「世界のヘアカット、三つの流儀」シリーズ

#1「幾何学と解放——ヴィダル・サスーンはなぜハサミで世界を変えられたのか」
#2「切ったことを見せない」美学——エフィラージュカットとフランスの流儀(本稿)
#3「彫刻としてのヘアカット——NYドライカットと、二つの流儀が交差した街」


📝 免責事項: この記事に登場するサロン名・個人名について、記述の削除や修正を希望される方はご連絡ください。


→ Read in English

カテゴリHAIR WORKS NOTES

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