前回の記事で、自分のプロダクトを作るに至った「絶望」の話を書いた。
今日は、そこから先。115.215というプロダクトが形になるまでの、なるべく時系列の記録を残していこうと思う。
コンセプトは、調達前から見えていた
実を言うと、製品のコンセプトだけは、原料を調達するよりもかなり前からハッキリしていた。
妥協したくなかった点を改めて書き出してみると、こんな感じになる。
- 基材となる成分に、水を少しも含まないこと
- アルガンオイルのベネフィットがちゃんと感じられること
- なるべくシンプルな処方にすること
- とにかく重くないこと
- 塗布後、毛と毛の1本1本がサラサラと、しっかり独立した状態を保つこと
- 油のツヤではなく、傷んでない子供の髪のようなツヤが出ること
- 静電気を防止すること
この中から、今日はまず【基材となる成分に水を少しも含まないこと】にまつわる話を書こうと思う。なぜそこまでこだわったのか。そして、その原料選びで、まさかの遠回りをしたという話。
なぜ「水なし」にそこまでこだわったのか
この商品は、あくまで 高温スタイリングのための商品 として効果の高いものに仕上げたかった。
理由はシンプルで、僕をはじめ、うちのサロンのスタイリストの9割がドライカット技法を使うからだ。施術中にドライヤーでのブロードライや、高温のヘアアイロンを当てる場面がとても多い。
その際、髪に水分が残りすぎていると、ヘアアイロンの熱で水蒸気が発生する。この水蒸気が厄介で、タンパク質が熱変性を起こし、髪の質感が目に見えて落ちる。
サロンワークで、すでに乾いた髪にいきなりブローやアイロンを入れる場面は日常的にある。そこで髪を守って、質感と操作性を上げるために、こういったトリートメント商品はもう欠かせない存在になっている。そして水蒸気の発生を阻止するために、基材に水を使わない というのは、僕の中ではもう絶対条件だった。
基材はすでに決まっていた(はずだった)
では水の代わりに何を使うか。
これもすでに決まっていた。ファンデーションなどの化粧品原料としても広く使われている、安全性が非常に高いオイル。水よりさらさらと広がる、表面張力の低い液体だ。
…原料の具体的な名前は、ここでは伏せさせてください。処方のコアに近い部分なので、あしからず。
この原料は、日本にいた頃にすでに触ったことがあって、感覚としては知っていた。だから同じルートで日本から少量を調達して、手荷物としてアメリカに持ち込んだ。これで試作のスタートが切れる。
そして同時に、アメリカで同じINCI名の原料を現地のサプライヤーにも発注した。すぐに届いた。
同じ名前、同じ規格。話はここで終わるはずだった。
めまい、という表現がいちばん近い
届いた原料を使ってみて、一瞬、めまいがした。
「ち…ちがうぞ…!!!???」
INCI名は間違いなく同じ。日本でも普通に流通している化粧品原料だ。でも、仕上がりが違うのだ。僕のこの手が、違いを感じてしまう。
どう違うのか。説明が難しいのだけど、言葉にするとこういうことだ。
基材というのは、本来それ単体では「何のベネフィットも残さない」のが理想 なのかもしれない。でも、日本で触ったことのある同じ原料は、乾いた後の髪に 過剰すぎない、適度な潤い が、ほんのり残る感覚があった。
一方、アメリカで調達した方は——そして、その後に試した他の数社のものもほとんど同じだったのだけど——乾いた後には、水と一緒にどこかへ飛んでしまったかのように、何もなかったかのような仕上がり になるのだ。
…参った。
いや、これは非常に嫌な予感がした。
想定外の遠回り
そこから、少量ずつ同じ原料を別の数社から仕入れて、全部テストするという作業が始まった。
予定では、この基材選びのフェーズは、ほんの一瞬で終わるはずだったのに。
時間もかかった。お金もかかった。一本一本、手触りと仕上がりをチェックして、記録をつけて、また次を発注する。地味で、終わりの見えない作業。正直、途中で「最初に日本から持ち込んだ分だけでいいじゃないか」という弱気が何度か顔を出した。
でも、アメリカで作って売ると決めた以上、アメリカで継続的に調達できるサプライチェーンを作らないと意味がない。ここで妥協したら、プロダクトのアイデンティティが崩れる。
そう言い聞かせながら、テストを続けた。
そして、出会えた
結果、数社試した末に、ようやく「これだ」と思える基材と出会うことができた。
正直、ほっとした。本当にほっとした。
でも同時に、ちょっと背筋が寒くもなった。
100%同じ名前の原料でも、扱う会社によって中身は微妙に違う。
原料のグレード、精製度、含まれる微量成分のプロファイル、ロットごとの揺らぎ。化粧品原料のカタログの脚注に、小さく書かれているような話。
でも、自分の手で、INCI名が同じでも仕上がりが違う と感じ取ってしまったとき、その事実の重さが一気に変わった。
自分で、自分の首を絞めている
正直に言うと、普通の人にはまず分からないレベルの違いだと思う。
だけど、幸か不幸か、僕は長年、髪の毛を触り過ぎてしまった。毎日毎日、何人ものお客様の髪に触れて、乾かして、アイロンを入れて、仕上げてきた。その積み重ねのせいで、わずかな仕上がりの違いを、もう感じずにはいられない手になってしまっている。
自分で自分の首を絞めている。
正にこの事、なのではないでしょうか。
ただの基材選びひとつでも、こんなエピソードがあったわけです。ひとつの原料で、こんなに頭を抱えるとは、作り始める前は想像していなかった。
そして、ここからようやく、働いてほしい成分 をこの基材に添加してゆく作業に入れるようになる。
次は、アルガンオイルとの付き合い方で、もう一度頭を抱えることになる話を書こうと思う。
※ この記事は「Leave-In Treatment Mist No.115」開発秘話シリーズの第2回です。前回の記事:絶望が転換点だった——美容師が自分のヘアプロダクトを作った理由
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