また何か書き始めようか…
アメリカに来て、もうすぐ8年目がスタートする。
ネットの世界が色々しょーもなすぎて閉口してましたけど、このほぼ誰も見てない一方的なブログってコンテンツが、一周回って一番良い気がしてきている。色々な意味で。
考えていることは、色々ある。まぁ、少しづつですかね。
髪を通して世界探索をする、とある美容師の研究日誌 — Field Notes from a Hairdresser's Lab
現役美容師・29年目。サンフランシスコを拠点にヘアサイエンスとエフィラージュカットを探求しながらHair Caffe Labを運営。「科学と非科学、ハイクラスとストリート」—その交差点に挑み美容に留まらない知見と私見をマイペースに綴ります。/29-year hairdresser based in San Francisco. Exploring hair science and the Effilage technique while developing Hair Caffe Lab. Navigating the intersection of science and intuition, high-end and street — writing it all down at my own pace. About this lab →
また何か書き始めようか…
アメリカに来て、もうすぐ8年目がスタートする。
ネットの世界が色々しょーもなすぎて閉口してましたけど、このほぼ誰も見てない一方的なブログってコンテンツが、一周回って一番良い気がしてきている。色々な意味で。
考えていることは、色々ある。まぁ、少しづつですかね。
By masashitt カテゴリLIFE, PHOTOGRAPHY, ビヨウシ関連タグ:USA, サンフランシスコ, 海外移住美容師, 美容室経営の事, 美容師技術の事
2023/07/23 更新:現在当サロン、応募多数・及び在籍スタイリスト増加につき入社は難しくなってます。この投稿の掲載は継続していますが上記の点ご了承くださいませ。
この投稿は不要になったら削除します。逆に言えば掲載中は有効です。
最近僕たちのチームへの日本国内からのお問い合わせが増えています。
目まぐるしく変貌し続ける世界。何が正しくて何が正しくないのか。もはや誰にもわかりません。そんな中、1つだけ信じられる確かなもの…それは、自分自身。なのではないでしょうか。そこにいち早く気づき、自分を磨き、自己投資をして、あらゆる環境で生き抜くすべを身につけることはこの先大きな助けになり、裏切られることもなく、そして何より生き方としても最高に楽しいと思います。
私達美容師・理容師は、世界中で需要があり、生き方の選択肢の一つとしては非常に有力だと。ウイルスに翻弄されている最中でも僕はそう強く感じています。
僕は38歳で日本を離れました。その前は日本で自身のサロンを経営する所まで美容師としてのキャリアを突き進み、そこからアメリカへ渡り、現在San Franciscoで美容師としてめちゃくちゃ充実した時間を過ごしています。
ただ、よく日本に居る時に『日本の美容師は世界中で通用するから海外でも生活しやすい』という話を僕も聞く機会が幾度となくありましたが、これは半分正解で半分は間違いです。確かに需要はあります。そして尊敬すべく我が先輩方のおかげでなんとかまだ日本という国の印象は悪いものではありません。丁寧でしっかりとした仕事をする印象を幸いまだ世界は持ってくれているかなといった印象は確かに受けます。そこは正解。
しかし、あくまでここまでは、サロンに来る前までのお客様の動機にかかわる部分に過ぎません。
要するに、その先。実際にお客様にヘアスタイルを提供し、尚且リピーターとして再度来店してくれるかどうか。ここは別問題です。よく考えたら分かる話ですが、そうなんです。そして、めちゃくちゃ実力社会だし結果がはっきり分かれます。ので、日本でのほほんとやってきた人はかなり厳しいです。実力がないと、強みが無いと、上手くないと。特にここアメリカでは、評価されません。
逆に言えば、そこをクリアして認められ、生き残ることができたら…それこそ、世界に通用する美容師・理容師に。気がつけばその領域にいる自分と出会えることができるでしょう。当然英語でのサロンワークになりますので、本当に世界中で仕事ができるようになるはずです。間違いなく。
正直、うちは人手に困っているわけでもないし一生懸命人材募集する必要もないのですが、僕にもうちのチームにも日本から問い合わせが来るので、ここにも少し僕の見解を載せてみようかなと思いました。興味がある人は、いつでも連絡してください。決して楽な道ではないけど、我武者羅に乗り越えて僕たちと肩を並べて仕事ができる日が来たら、あなたのプロフェッショナルとしての人生は更にあらゆるリスクに強くなり、より確かなものになると思います。
我々日本人は、日本に帰ることはいつだって可能ですからね…。出るほうが遥かに大変です。つまり、出てしまえば、それだけで生きる場所が2つ(もしくはそれ以上)に分散でき、選択でき、いつでも動けるようになります。そして1つの場所に縛られることがこわいとさえ思うようになるでしょう。
この仕事が好きなのであれば、髪型を創ること、そのものが好きなはずです。僕もまさに。そして日本を離れてみて感じる海外の最大の魅力、それは・・・。例えるならば、あらゆる種類のキャンバスに創作できる、この点につきます。つまり、あらゆる人種、容姿をもつ、多種多様な魅力的な人たちにヘアスタイルを提供できる事。この刺激と楽しさを一度味わうと、基本的には単一人種しか相手にできない日本での仕事は、もうちょっと・・・刺激が足りず、ものすごく寂しく感じるでしょう。そして、日本と違ってこちらは髪型に対する社会的制約も限りなく無いに等しい。とくにこのCaliforniaベイエリア(シリコンバレー)は若い子たちもバッシバシ髪にお金を使います。皆稼ぎまくってますからね。
逆に言えば、提供しないといけないデザインのレンジが桁違いに広いので、食いつなぐために仕方なく美容師してるような人にはものすごく過酷な環境にもなりうるでしょう。僕には最高です。テクニックを磨けば磨くほどすぐに仕事に活かせる環境が、ここにはあります。そして需要も。
多くの人は、こんな感じだと思います。僕もそうでした。
※海外に出たい人をカモにして、不誠実なやり方で人の人生を振り回す日系企業も中にはありますので、充分に気をつけてください。基本的に合法的に海外に出て働くにはコネクションが必要不可欠です。そこに漬けこまれる人も多いですので。
そして僕は、かなりの人に『は???』って言われるやり方で、このチャンスをものにしました。そしていま、我チームのおかげで永住権を取得してカリフォルニアで生活してます。詳しくは、こちらから。このメールからすべてが始まります。
もしこの記事を見ている人は、僕みたいな強引なやり方はする必要はないです。笑
もし僕たちのチームに興味があれば、今僕は話を聞いて相談に乗れますので。一応うちのチームの、やる気のなーい募集要項のページを張っておきます。ここの下の方にちいさーく載ってます。(以下は現投稿作成時のものですのでご注意を。)
ここに、【フルタイムの給与 最低保障 $6000 ~ $10000 】って書いてあって、これ日本円にすると今のレートでだいたい¥653,000~¥1,088,000とかですかね。『え?最低保証で…月収65万超え?上は100まん!??うそくさっ!!!』って思っても無理はないと思うんですけど、これ嘘じゃないんです。お客様の期待に応える実力があれば月収100万は絶対に超えます。超えちゃいます。実際に僕がこれ以上の金額を頂いていますし、僕はまだまだこっちでの経験が浅くてまだまだ発展途上です。40歳になりましたが、課題は山積みで、逆に言えば精進して向上すれば、まだまだ成長できると思ってますし、成長できれば必然的に収入も上がります。
会社にいきなり連絡するのは勇気がいるな〜って人のクッション役にでもなれれば光栄です。と思いこの記事を書いてます。こちらとしては、合流する人にはしっかり意識して持っていてほしいことは3つ。
この3つです。この3つさえ抑えておいてくれたら、お互い刺激しあって成長できると思うし、結果チームがよりパワーアップするのであれば、僕たちは大歓迎です。
ご連絡はメールだったら
marcy (アットマーク) haircaffe.com
↑もちろん@に変換してくださいね
か、こちらからメッセージください。
中途半端はつまらないですよ。覚悟を決めて、ともにこの世界でのサバイブを楽しみ尽くしましょう。
By masashitt カテゴリESSAY, LIFE, ビヨウシ関連タグ:USA, サンフランシスコ, ライフスタイル, 英語学習

今日でアメリカに渡って563日。
コロナで自粛中にも関わらず更新が滞っているのは、なぜでしょう。笑
いつも自然と文章が出てくるタイミングを大事にしているので然程気にしてはいないんですけど、多分今は脳の思考傾向の脱皮中みたいな感じなんじゃないかな。刺激が多すぎて、脳の新陳代謝が激しすぎて、指先から外に出すに至らないのでしょう。まだ柔らかすぎて。
今日はそんな中でも感じていることを一点。
San Franciscoに来て美容師をやっていて、当然ながらお客様との会話は全て英語になります。日本にいるときから英語学習には常に興味は持ち続けてきましたが、当然仕事ができるレベルの英語力は持ち合わせてはいなかった…。
でも、40年弱生きてきた過去の経験から、「何かを学ぶには、環境を変えるのが一番」なのはわかっていたし、「人間は怠け者だから、環境で追い込むのが一番」なのも知っていました。なので、こうやってまともに働けるはずもない猿一匹をライオンの檻に放り込んだ。
結果・・・今ではサロンワークは通訳なしでできるようになりました。(100%とは言えないけど)
英語学習に関しては、来てみてわかった様々な自分なりの見解がすごく沢山あるし、実際に来てみて、日本にいたときに耳にした『〇〇さんって、英語話せるの?』みたいな、言語スキルを白か黒かで問いかける質問が如何に適切ではない質問だったかという事も、来てみて強く痛感するトピックの1つだけど、ここでは主に以下のことにフォーカスして少し書いてみたい。
言いたいのはこれ。
誰かが言っていたこんな言葉が脳裏にあるのだけれど、ものすごく共感している。特に初期は共感というより感動だった。
英語学習をしていると誰しも『この時に、こんな表現をするんだ!』とか、ある1つの単語を『日本語の時だとこうゆうシチュエーションでは使わない!なるほど!』とか。この手の驚きと感動は経験すると思う。そして深く学んでいくと、こういった事の1つ1つの積み重ねや、物事や感情を表現する時の傾向で、どんどんいわゆる【直訳】では違和感を感じる感覚になっていき、よりニュアンスを正確に伝える翻訳にはいわゆる【意訳】が必要になる。まぁもともと違う言語なんだから当たり前といえば当たり前なんだけど…。
僕の生き方で言えば、僕は美容師で毎日サロンでお客様をお迎えするわけだけど、例えば…
お客様ご来店時、日本にいた時は当たり前過ぎて何も考えずに
『いらっしゃいませ』と言う。ここには、ようこそいらっしゃいましたとか、来てくださってありがとうございます的なメッセージが込められていると思う。
に対してこちらだと、
『Hi, How are you?』等になる。『どうも〜どう?元気してる?』って感じ。
これはどっちがいい悪いの話ではなくて、このスタートの違いがこの先の会話の流れの違いに与える影響の大きさは安易に想像がつくと思う。
思うことは、こういった言語の違いはそのまま文化の違いで、この違いがそのまま、いわゆる言われるところの国民性だったり、国ごとのキャラクターの違いだったり…こういった部分に影響している度合いはめちゃくちゃ大きいと思う。
そして、日本語だったら絶対に言わないような内容(特に感覚的には、褒める時、そして意見を述べる時)の事をいとも簡単に言っている自分に気がつく。これはまぎれもなく、一言で言うと『英語を話すと性格が変わる』って事になると思う。これは非常に興味深いと同時に、新しい言語を学ぶことの一番の醍醐味なのではないかなと思う。僕が感じるのは、これはある種の快楽なので。
人は(僕は特に)知的好奇心が満ちる瞬間に表現し難い喜び、快楽を感じられると思うんだけど、こうして新しい言語を持ってして、異国の文化、そこに生きる人との生のリアルなディスカッションに参加して同じ言語で同じ感覚で会話できる、この目線を合わせられる事から生まれる感動が、僕にとってはかなり大きい喜びなんですよね。
そして視野を広げると、これは東京から沖縄に移住したときにも感じたなと、振り返るとそう思う。当時からしたらこれも大移動で、文化が大きく違い、馴染めるのか心配も大きかった。でも現地の友達がどんどん増えたり、その人達の人付き合いの文化に肌で触れ、土地に馴染むことができてると実感できたときには不安は言葉にできない喜びに変わったのでした。
僕の想像だと、例えば日本では引っ込み思案だったり自分を押し殺して生きてきた人が、英語を習得して英語圏で生活を始めた時に、水を得た魚のように新しい自分に出会う。こんな事って、起こっても何の不思議もないなと。言葉ってそれくらいのパワーがあるなと感じます。
アメリカで仕事して生活しているけど、僕の英語力は全然まだまだダメダメで、聞き取れないこともまだまだ多く、時間があれば英語の勉強をしている日々です。
でも上記のように、英語力の向上は僕にとって快楽なので苦ではないです。
むしろ、仕事をしながら(=お金を稼ぎながら)自分自身の人間としてのスキルが同時進行でどんどん向上してるわけなので、そう考えると今の環境の恩恵に感謝しかないです。
コロナで人と触れる機会が減っているのが何より残念だけど、まだまだ人生は刺激が多すぎて楽しすぎます。早く通常の仕事量に戻りたいです。
By masashitt カテゴリLIFE, ビヨウシ関連タグ:サンフランシスコ, ライフスタイル, 子育て, 海外移住美容師

今、多くの人が自分の未来に対して色々な事を考えている事と想像します。
もちろん、この問に正解なんてありません。僕も常日頃からこの大きな大きな課題に対しては考えに考え、自分の答えを模索して、今に至ります。
その結果、僕は日本を出ることにチャレンジしたわけですが、本日はまず僕がそう考えるに至った背景について少し掘り下げていこうかなと思います。
僕は小学生の時から親のすすめで英会話教室に通っていました。高校を卒業し美容師を志すことを決めた時に、なんとなく海外で働きたいなと思っていました。まだ10代後半ですから、もちろん大した理由なんて無く、です。なんか、いいじゃん!?くらいな。
英会話教室は中学の時に既にやめていました。ですが先生の事は凄く好きで影響を受けていたので、美容師の専門学校あたりの時期に、すごく久しぶりにこの件について相談に行きました。
相手は英会話教室の塾長です。『英語は大事だよ〜世界に目を向けなよ〜』と常日頃から言われている感じだったので、当時の僕は背中を押して欲しかったんだと思います。そして具体的なアドバイスを貰いたかったんだと思います。
しかし結論から言うとその返事は予想と正反対のものでした。
『美容師になりたいなら、日本で勉強しなさい。海外に出るのはその後が良い。』と。日本の技術はレベルが高いから、日本で勉強しなさいと。
ちょっと拍子抜けして、あれ〜〜〜って思いながら帰宅したことを今でも鮮明に覚えていますが、先生をリスペクトしていたので、不思議とすーっと中に入ってきました。その日からしばらく、海外に出ることは心の奥深くに押し込められ、しばらくは頭の中から消え去る事になります。独立開業して、サロンが軌道に乗るまでは。
その後は我武者羅に美容師として成熟する事に向き合います。がっつり遊びながら。この間の重要なポイントは、
です。
拠点を大きく移動させると、当然そこに住む人やカルチャーも大きく変わります。それに併せて自分を調整する事は非常に興味深く楽しい経験となりました。
異次元のカット技法、エフィラージュカットに取り組み、パリの職人(美容師たち)の精神に触れ、大きな衝撃を受けました。
事業を営む経営者になったことで、今まで以上に視野を広く持つ必要性と、未来を見通すチカラを養う事の重要性に気付かされます。そして子供が産まれ、子どもたちの将来を本気で考える必要性も猛烈に感じるようになります。
その間、911同時多発テロがありました。東日本大震災がありました。一瞬の出来事で、今までの当たり前が次々に崩れ去り、年々美容師で有ることに有り難さを感じるようになりました。他人に媚びず、自分のチカラで人生をクリエイトする生き方に強い確信を感じるようになりました。
結果、様々なスタイルの美容師が存在する中で、僕の美容師としての信念は、
【クオリティーを追求し、知識と技術力を磨き、お客様と真剣に向き合う】
という方向に固まりました。効率を追求し、工場での大量生産の如くヘアースタイルをボコボコ作っていくスタイルからは距離をおきました。
そして、一度押し込めた【世界に出る】という思考が、20年の時を経て再浮上します。
沖縄で独立開業して6年。有り難い事にサロンは常にご予約で埋まっていました。正直、そこで守りに入って現状維持で行くことも出来ましたが、世を俯瞰してみていると…もうひとりの僕が常に訴える心のモヤモヤと格闘する日々がしばらく続きました。
まず大前提として、僕は日本が大好きです。でも、もう長いものに巻かれて生きる道を自ら閉ざした僕は、ここ数年で起きてきた予測不可能なあらゆる事態に自ら備える必要がありました。誰もが知っているレベルの大手企業の経営不振、電力会社の危機、日本の深刻な人口減少予測、不安定な世界情勢・・・そんな中では、
こんな事を強く思うようになりました。更に、海外に出ると仮定すると、想像するに、
こう考えました。総括すれば、リスクヘッジです。これは実際に日本を出た今でも基本的には変わりません。自分の周りの人には、この事について考えてみることを本気でおすすめします。もちろん、大変です。ですけど、何もやらないと何も始まりませんし、いざ大きなピンチに出くわした時に動くのでは遅いので、準備しておくことが大切だと思います。
でも、リスクヘッジだけではやっぱりつまらない!!!んです。一度きりの人生、悔いなく生きたいし、楽しくなくちゃ意味がない!そこも同時に満たしている(もしかしたらこっちがメイン!?)のが大移動なのです。
東京から沖縄に移住したときも、一番の理由はこの知的好奇心を満たすことでした。沖縄の文化に触れ、新しい環境で自らのチカラで生きることを楽しみたい。
今回も、近いものがあります。
こう考えるようになりました。
ここが問題でした。数年間。
数年間、この事を常に考え、行動(ハサミ持って、旅)、考え、行動、行動。
結果、細い細い糸を手繰り寄せることに成功し、今があります。
僕が出来たので、他の人にも出来る。間違いなく出来ます。
同じ様に考えている人がもしいらっしゃらば、絶対に諦めないでください。今は、準備期間には最適ですし、世界は今後、より分断に向かうと思います。どんどん、日本から出にくくなるでしょう。海外が難しくても、国内移動も視野にいれるべきだと思います。いつでもサッと動けるように身の回りを常に軽く保ち、イメトレしておくだけでも良いと思います。
大移動は何より楽しいですし、まさに一石二鳥。いや、二鳥どころじゃない。移動して新しい文化にアジャストする行為は、人として大きく成長できます。
是非一度、考えてみてください。

アメリカで美容師になる方法に興味がある人は…
いますかね?
なんと、本日でサンフランシスコへ渡米後、本日ちょうど444日目になります。
まぁ、今はそんなタイミングじゃないですね。百も承知。今、世間はコロナウイルスこと、COVID-19の話題で持ちきりです。もちろん例外なく僕もその憎むべく影響をもろに受けておりますが、もう世界中この話題でうんざりで、この話はもうあえてしません。誰にも的確な予想はできないし。
でも今、時間だけはあります。
前回の更新がもう1年以上前(渡米27日目)で。この間に何があったかってもうとてもじゃないけど書ききれない。でも人生史上一番書き残したほうが良い事が毎日毎日、とてつもない濃厚さで繰り広げられてきました。
書けなかった理由は実は色々あります。もちろん時間もなかったのですが、実は他にも。海外で生活をするための準備や内容は、なんでもかんでもオンラインに書くべきものじゃないんですね。これはやってみたからこそわかること。
人生を夢に向かって押し進めるために【情報】は必要不可欠なのですが、インターネットがかつてより非常に、 面倒くさい 空間になっている昨今、がむしゃらに夢に向かって一生懸命突き進んでいると、オフライン(もしくはクローズドな空間)でないと得られない情報は思っている以上に多い。そして、海外に出ると日本にいた時より遥かに濃厚に、周りの人との関わりが強くなります。(正に濃厚接触!笑)一言で言うと支えてくれる人の恩恵がもう多大すぎて。理解が難しい事かもしれないですが、このあたりもボコスカ書けない理由なんです。
昨今のインターネットは資本主義に侵食されすぎて本当に腐ってきている。利害関係に着目すると特に・・・。ISDNの時代からネット世界の住民だった僕は、昔はよかったのに・・・と思わざるを得ない。なので僕はこのサイトには広告を張りたくないんです。自身のSNSの使用も減ってる。このあたりの気持はわかっていただかなくてもOKな事ですが・・・。
あーあ話が反れた。このあたりの話はまた改めるとして、渡米後444日間の事を少し振り返りつつも、どうせなら何か他人の役に立ちたいなと思い、久々に書いてます。
いつもの通りマイペースに進めますが、444日間のアウトラインをざっと箇条書きにしてみると、
ざっとでもこんな感じです。
特にコスメトロジー取得は本当に大変でした・・・。試験はもちろん英語で、筆記と実技と双方パスする必要があります。ちなみにこの時点で僕はアメリカのSNN(ソーシャルセキュリティーナンバー)は持っていませんでした。
ここまで来るのに、日本で一人で情報収集してやるのはまず無理でしょう。現地の実情をに精通する何かしらの強力で信頼できるコネクションが必要だと思います。これはおそらくアメリカに限らず世界中、日本から他国に出て生活を営む人全般に言えることだと思います。
そして僕のケースは、渡米の半年前には、アメリカの同業者(美容師)の知り合いは皆無。知り合いの知り合いも皆無。ただただ漠然と、日本だけでしか生きられない自分の現状と子どもたちの未来に不安を感じ、世界に目を向けたいという想いがあるだけでその先の展開への糸口は一切持ち合わせていない状態でした。
そんな状態から、何かきっかけを掴めないかと約10日間カリフォルニアへの旅を企画。なんとその半年後にはカリフォルニアに移住することが出来ました。
今後過去を振り返りながら、今後海外生活を志す人(特に美容師)に、僕の行動と思考・分析が1つの例として少しでも参考になれば幸いです。そして、もし気合の入った美容師さんがこのサイトを見ることが有れば、是非出会いたいとも思っています。
今では僕自身が、そんなあなたのコネクションに成れる可能性だってありますから。
By masashitt カテゴリLIFE, ビヨウシ関連タグ:USA, サンフランシスコ, ライフスタイル, 美容師技術の事

前回の更新が2019年1月5日。
今日はカリフォルニア時間3月3日。
38年の人生史上、最も濃くて過酷な2ヶ月間だったんじゃないだろうか…と思う。
久々の更新です。
僕は生きています。
2019年2月5日に、日本は沖縄県より、アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンフランシスコに移住しました。
全てはここから始まり・・・
この練りに練って死ぬほど文章考え抜いて送った1通のメールが、僕の人生を変えてしまった。今あらためて読み直しても、ゾクゾクする。
(事情があって一時的に非公開にしていたこのサンフランシスコ旅紀行001〜009は、現状再び公開しています。興味のある方は覗いてみてください。)
帰国後、サンフランシスコでとんでもない売上をあげるサロンに飛び込んで(メールを送った時はこんなとんでもない美容室だとは思いもしなかった!)全身くまなくガッツンガッツン刺激を受け・・・
今だから言えるが、沖縄に帰国後2ヶ月位、少し大袈裟に言うと軽い鬱状態だった。
同じ日本人。世代もさして変わらない連中が・・・英語を巧みに操り、アメリカ合衆国、カリフォルニア、サンフランシスコという大都市で、ありとあらゆる人種の髪を相手にバリバリサロンワークをしていた。
たった二日間だけだが、僕もそこに混ざって髪を切った。その数20人弱。。。。旅紀行美容師編にも書いたが、この時の刺激は本当にものすごく、これからどう行動をすべきか・・・ずっと考え込んでいた。
そんな中で、とんでもない展開が起こり、今僕はカリフォルニアに住んで27日目だ。
以下はFBより転載。
【満を持して、新しいチャレンジをします】
★ご報告です★
少し長くなりますが、お付き合いいただけると幸いです。突然ですが・・・先に結論から。
1.僕は沖縄から出て、2019年2月からサンフランシスコに活動拠点を移します。
2.沖縄のFIREHEADは弟の 長谷川 聡 (Hasegawa Satoshi) と共に法人化して、今後はさとしが中心となって指揮を執って運営してゆきます。
こちらにも過去にアップしましたが、今年7月にアメリカ、サンフランシスコでまったく見ず知らずの美容室に突撃連絡しました。結果、表現し難い貴重な体験と、現地でバリバリ売上あげてる美容師達の生の声を聞く事ができました。これ以上は無いと断言できる感動的な貴重な旅となりました。
これが約5ヶ月前。
海外渡航をすると毎回ですが、帰国後には様々な新しい思考が芽生えます。それが前回は特に、もうそれは物凄いレベルで。自分の未来、人生において、これからどっちに突っ走るのか?を、改めて考え直す、というよりは、やはりかねてから頭を離れない海外へのチャレンジというものが改めて自分の中で大きくなり。何をしても、心ここに在らずな日々を過ごしておりました。
そんな中、ある朝、突然のメール。
お世話になったサンフランシスコの美容室から。僕にその気があるなら、移住のためのビザのノウハウ含めサポートをして頂けるというお話をいただき…。
一撃ノックアウト。膝から崩れ落ちました。
嬉しすぎて!!!
これが約2ヶ月前。
こんなの、控えめに言っても自分奇跡の男でしょ!!!やるしか無いでしょ!!!!!と。
直ぐに、家族に相談。直ぐに、サンフランシスコと、この先どう進めるかのミーティング。
手続きは本当に大変でした。現地のサポートがなかったらまず不可能だったと思います。が…この度、無事にピザが発行されました。
沖縄に移り住み10年。まもなく38歳。次のステージはサンフランシスコに決めました。
といってもすぐには働けません。カリフォルニアの美容師免許も必要です。まずは語学学校に通い(37歳ですが笑)留学生をしながら、カリフォルニアで思いっきり仕事を出来る自分になる事を当面の目標に、現地の心強いチームと共に安定したロングステイに向けて生き方を模索していきます。
貯金も底をつくでしょう。家族にも不安な思いをさせることと思います。
お陰様でFIREHEADは順調で、このまま沖縄でサロンを維持すれば、家族含め別段不自由ない生活が出来ていたと思います。が、僕の心が喜ぶ生き方は、ソレじゃない。
チャレンジさせてくれる家族には心から感謝しています。弟の沙戸紙も立派な美容師になってくれて、サロンを引っ張っていってくれて、本当に感謝しています。
沖縄のFIREHEADは兄弟の砂都歯が指揮を執り運営を続けます。これに際しまして、法人設立も予定しております。これからは共同経営のサロンとして、共に更に上を目指します。
ここまで、本当にたくさんの人にお世話になりました。僕には帰る所がある。だからこそ、トライ出来ます。
この先どうなるか僕自身にもわかりませんが、どうか見守って頂けると幸いです。
よろしくお願いします!
27日目、サロンワーク研修(仕事はまだ出来ません)の日々だが、現状を一言だけで言い表すなら、
『苦しい。非常に。』
英語のハードルの高さ、髪質やオーダーの圧倒的な幅の広さ、そして日本人より圧倒的に正直なカスタマー達・・・。
でも、これを超えて多くの人より高いところに登り、多くの人が未だ見ていない、多くの人が一生見ることのない、僕にとっても新たな景色を見る為にここに来た。
サロンの皆の手厚すぎるサポートがあって、ここに来れた。
絶対に負けない。
絶対に。
今は本当に更新してる余裕がありませんが、また報告します。
しょうもないような事はインスタやツイッターにあげます。(現状インスタのストーリーメイン)
https://www.instagram.com/firehead_masa/
ではまた。

新年明けましておめでとうございます。
本年も、僕のサバイバル人生の模様を、できる範囲でにはなりますがなるべくアウトプットしていけるようにとは思っております。
ただ、今年からは僕自身の生活がガラッと変わり、ここ数年で様々な世の情勢や人々の思考やインターネットの使い方も、本当にガラッと変わり、秩序わきまえた(というかその風潮に合わせた)インターネットの使い方をしないと色々と面倒なので一番エキサイティングなのはオフライン、またはオンラインでもクローズドなエリアでのディスカッションとなります。
何卒よろしくお願いいたします。
さて、ここで年始めの僕の雑感を少し。
ここ数年、世界はグローバル化に向かい、インターネットの広がりがそこに更に拍車をかけ、
『世界は1つなんだ。皆、繋がれるんだ』
という、新しい【喜び】に世界中の人々が興味をもち、その為のコミュニケーションツール(≒SNS)に多くの時間を費やす人が大半となりました。
しかしこの山が一段落し、今新しい【風潮】が少しずつ顔を見せ始めました。現状はここに気づいている人と、気づいていない人がいる、といった感じなのかなと感じています。
その新しい【風潮】とは、何なのか。非常に説明が難しいところではあるのですが、僕なりに言葉にしてみると、
『世界が1つになって、皆が繋がる事の、思いもしなかった弊害』が少しずつ大きくなり、簡単には修復できないひずみが出現してきているなと、そんな感じでしょうか。
世界中のSNSに人が集中したことにより、一部の大きな企業は国家を脅かすほどの資産を手にしました。その資産とは・・・お金だけではなく、情報です。この情報はビジネスを営む企業としては非常に有用です。そしてそれを利用したのがネット上の広告ビジネス。巨額のマネーが動くことになりました。国の垣根を超えて。
この大きなうねりを始め様々なマネーの移動は経済戦争に発展し、国益の危機を感じた国家は、今、次々と見えない壁(関税やネットワークの制限)を作り、情報とモノの移動に制限をかけ始めました。
それを予見していたかのようにかつてから一貫してやり続けていたのが中国なんですから、なんとも感慨深いものがありますよね。
上記なような広い視野での風潮だけではありません。小さな部分で言えば、多くのネットでの炎上騒ぎも僕には同じような類の弊害に見えます。
『繋がれる!』事に歓喜したのもつかの間。この繋がりは多くの『繋がるべき人々』を引き合わせてくれたのも事実(実際僕はこの点で多くの恩恵を受けています)です。ですが、多くの人間が暮らすこの地球上では『繋がるべきじゃない人』も存在する。そうゆう事だと僕は考えています。どれだけ意見をすり合わせたって。理解しえ合えない相手。誰にでも、そうゆう相手ってゆうのは少なからず存在して、インターネットによってこうゆう人同士が無闇矢鱈に接点を持ってしまい、こじれている。僕にはその様に見えます。短い人生、会うべき人も当然いますが、会うべきではない人も同時にいるのではないでしょうか。インターネット以前は、自然とそれが成り立っていたのではないでしょうか。類は友を呼ぶという言葉があるように・・・。
この風潮を一言で言えば 分断 という事になると思います。
一つに向かうかと思った世界は、今再び、以前にもまして境界線が濃くなり始めた。
ちょっとこうゆう感覚が僕の中にはあります。
だからこそ、その縛りがまだそこまで強すぎない今なのです!今のうちに、動ける様に、自分自身にしっかり投資をして己のスキルを引き上げ、何処ででも生き抜ける自分に、一族に、チームに!していかなくてはいけない。
僕は上記を踏まえ、年越しそばの様に複雑に絡みあってるこの世界で、2019年以降もにひたむきに知的好奇心を満たし、ひたすらスキルアップにこだわり、ずぶずぶに自己投資をし、価値観の共有が出来る人を探しながら、常にフットワークを軽くする。
分断に向かっているような気がする世界で、僕はこの様な舵を切ります。
そしてこの様な生き方が、楽しくて仕方ないのです。心が遺伝子レベルで、喜んでる!
関わる全ての皆様にとって、本年も実り多き良い年になりますように。

①【1曲持ち寄り!全員DJ企画】→皆様好きな音楽1曲(以上でもおっけ)お持ちください〜ジャンル問わず!(もちろん強制ではありません☆)
②【企画調整中】
③【ひと皿ひと瓶の協賛!募集中】→《1発入魂のひと皿料理》、もしくは《漬物やピクルス等おつまみになり運びやすそうな瓶詰め料理》、をご提供頂ける協賛者様を募集したいと思います!プロアマ問わず★ご協力頂ける方は @masashitt まで、ご連絡をお願いします!
他、企画提案や出演希望(とても嬉しいです)あればお気軽にご連絡ください。
※私達と知り合いじゃないご友人等お気軽にお誘いください(^^)会場の人数制限もありませんので、何人で来ていただいても結構です。
〜〜〜〜〜〜〜
どーも!
今回は私事で恐縮ではありますが、2019年2月5日に沖縄を出て、サンフランシスコに生活拠点を移す事になりました。突然に!!!
ビザなどの関係でギリギリまで確定の告知が出来ず、お世話になりました皆様に個別に挨拶する時間を作れそうもないので…弟のさとしにも協力してもらい、感謝の気持ちを込めて一晩の宴を企画しようかと思います。
お仕事やご用事と様々な都合もあるかと思いますので、無理はなさらず、もしお時間が合えば当日ご挨拶させてください!!!
沖縄で10年。本当に良い時間が過ごせ、おかげで次のステージを見つけることができました。
関わってくださった皆様には心から感謝しております!
ご参加は私どもと知り合いでなくても全く構いません。知り合いが少なそうで心配〜などあれば遠慮なくお友達と一緒にでもご参加くださいませ★
私のスケジュールにどうにもこうにも余裕がなく…平日木曜日の開催となってしまいました。申し訳ございません!
19:30〜スタート 〜魂尽きるまで
場所:MAFALi cafe
〒902-0067 那覇市安里1丁目1-3-2F
エントランス¥500(1drink込) ➕ 投げ銭(募金)制予定
長らく更新が滞りました。
色々事情が複雑で書きたくても書けなかったんですが・・・。
やっと書けます。
身近な人と、サロンのお客様には告知を始めていますが、この度僕は次なるチャレンジをする事に致しました。
2019年2月。今いる沖縄から、アメリカ合衆国、カリフォルニア州、サンフランシスコに移ります。
2018年6月末からの渡米で、サンフランシスコの素晴らしいチームに出会い、とても大きな刺激を受けました。
帰国後、受けた衝撃が大きすぎて…今後の生き方を改めて考え直す事になりました。必然的に。
そこから先、驚くような展開になり、家族にも相談し、正直今でもかなりビビって震えてますが…逃げても始まらないので決心しました。
サンフランシスコに、行きます。片道切符で。
もうすぐ38歳。40歳手前にして、人生後半戦の自分に新たなチャレンジをふっかけました。
東京→沖縄→サンフランシスコ。PHASE3に突入です。
まずは学生から始めます。留学生として語学学校に通い、これから日本の外でも不自由なく動ける人間になる為に。そしていずれカリフォルニアで思いっきり仕事が出来る人間になれるように。
安定したロングステイに向けて、全力で生き方を模索してゆきます。
この先は…困難の連続でしょう。困難しかないでしょう。家族にも不安な思いをさせるかもしれません。だけど…一度きりの人生。悔いは残したくない!初心に還り1からチャレンジしようと思っています。
この件に際して、すでに多くの方のサポートを頂いております。本当に既にお礼しても仕切れないほどのサポートを…。
様々な事情がありインターネットに何から何まで書くわけにはいかないのですが、こことTwitterでなるべく多くの刺激を発信して行けたらと思っています。
いやぁ、本当に凄いことになってしまったもんです。人生、何が起こるかわかりませんね!【行動したら次の現実】です。
刺激し合いたい方がいれば、オフラインで!思いっきり語り合いましょう!
全力で楽しんでいきます!!!
まずはご報告です。
長らく更新が滞りましたが、
この間にちょっと色々な事件が起きまして、このスリリングな人生を毎日存分に楽しんで生きております。
事件といっても、不幸なことではありません。もう自分の人生が刺激的すぎて自分でも驚いてます。むしろスーパーハッピーな奇跡の男ランキングにランクインするんじゃないかなってゆうくらい色々なことが始まり、進み、様々なパズルのピースがカチッとハマってきてる感じなんですけど、まだ整理整頓が甘く自分の中から外へは出せないので公開まではもう少し時間がかかります。
そんな中、ちょっと考えがありまして、更新中だった旅紀行はちょっと引っ込めます。また時が来たらなんらかの形で(確実にこのページには伝えます)一気に放出しようと思っていますので、どうが気長にお待ち頂けると幸いです。オフラインではいくらでも伝えますので。
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行動したら次の現実。
占い師も、不幸な人にかける言葉、それは【行動】だそうです。
『東へ行きなさい』『〇〇をしなさい』
とにかく、動かす。
良いことがあるとは限らないけど、行動無くして次は発生しない。
いつだって、やっちゃう奴だけが、人生の旨味をしゃぶりつくせる。
非常にシンプルな道理です。